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先生とタマゴ(要・目薬もしくは撤収) [たまごのつれづれ]

今日、高校時代の恩師を訪ねました。
先生のお宅にお邪魔するのは、2年ぶりくらいでせうか。
去年、同窓会の関係で何度もお会いしてましたし、
時折、お手紙やお電話を頂戴するので、
あまり久しぶりという感覚はありませんでした。

しかし、歳月は確実に流れていました。
先生の書斎は、以前に比べ、ますます本で溢れていたのです。
タマゴ、奥様のご苦労を思い、また自分自身を重ね合わせ、
思わず、あからさまに失笑してしまいました。(ごっつい失礼なヤツですな)

先生には高校時代、英語を3年間教わりました。
たいへんコワイ先生でした。
怠け放題だったタマゴも英語だけは予習していきました。
そうでないと、生徒間で「三段論法」と恐れられた、
「どこがわからん?」
「どうしてわからん?」
「予習したか?」
という詰問が待っているからです。
もちろん、これは「三段論法」ではありません。
「波状攻撃」と言うべきです。
そして、「波状攻撃」の果てには
「立っとれ!」
というチビシイひと言が。

正直に言いますが、タマゴはかなり出来の悪い生徒でした。
より直截にいえば、「落ちこぼれ」でした。(現在も、そう)
それに、これは最近知ったのですが、文科省の定義によれば、
「不登校」でもあったようです。
(高校3年次には3ヶ月ほど学校を休んだ覚えがあります)

そのような不出来な生徒であったにもかかわらず、
なぜタマゴが先生宅に出入りできるのか。
それはひとえにタマゴの面の皮が厚いからです。
尻の皮も厚いのですが、面の皮も相当に厚いらしい。(本人はあまり自覚なし)
ちゅうかね、先生はタマゴとウズラの仲人さまでもいらっしゃるのですよ。
かなり無理強いしてお引き受けいただいたのですが。
しかも、電話でお願いした、という・・・。

そのときの会話を再現してみませう。
タマ「先生、このたび結婚することになりました」
先生「それは、おめでとう」
タマ「で、つきましては仲人になっていただきたいのですが・・・」
先生「いや・・・それは、職場の上司とか、ほかにいろいろいらっしゃるでせう」
タマ「いえ、ぜひ先生にお願いしたいのです」
先生「しかし、ウチも家内の都合とかいろいろありますから」
タマ「それはそうでしょうが、そこをなんとか・・・」
先生「いや、しかし、そう言われても困りますなぁ」
タマ「いや、それでは私も困るのです!」
そして、タマゴ、1分間にわたる沈黙戦術に。
(これは、なかなか有効な交渉術なのです)
沈黙に堪りかね、ついに
先生「・・・では・・・そこまで言うのなら・・・家内と相談してみるけど・・・」
タマ「ありがとうございます!先生にお引き受けいただけることは、
   タマゴ、畢生の僥倖でございます!ありがとうございます!」
先生「いや・・・まだ引き受けるとは・・・・相談して・・・と」
タマ「ありがとうございます!日を改めまして、ご挨拶に伺いますが、
   本日はまことにありがとうございました!では、失礼いたします!」
ガチャン・・・。いっちょあがり、てなもんですわ。
こういうのを怒濤の寄り身、と言ふ。(あるいは単なる一方通行とも)
おまけにこのときの電話は、職場の電話を使ったものでした。(どこまで失礼なヤツだい・・・)

爾来、先生はタマゴとの腐れ縁を断ち切ることができず、
今にいたるも、あまりに突発的なタマゴの奇襲攻撃に苦しんでおられるのです。

先生は現在も母校で教鞭を執っておられます。
県立高校の学校長を務められたあと、私立高校の専攻科校長を経て、
母校から三顧の礼をもって迎えられ(招聘した現校長氏談←タマゴの高校時代の担任氏)、
今年で早や4年目になります。

先日頂戴したお電話では
「今年から非常勤講師になって、少し楽になりました」
とおっしゃっていましたが、教師魂に衰えは全くなく、
「でも、相変わらず添削が多くて・・・」
と偽りの嘆き節も。

タマゴたちの在学時もそうでしたが、
先生は希望者に英文解釈の添削指導をしておられるのです。
提出されたノートの山を自宅に持ち帰られ、3時間ほどかけて添削されるのです。
タマゴ、当初は先生のお体が心配で、
「ご無理なさらないでください。お体が第一ですから」
と申し上げておりましたが、全く聞き入れていただける気配はなく、
そのうちタマゴも、
「これは先生の生き甲斐なのだ。
 先生は真実、『生涯一教師』と心に決めておられるのだ」と感じいるようになりました。

ちなみに、タマゴも高校時代、先生の添削のお世話になりましたが、
英文解釈の答案よりも、与太話の方が長いという、
まるで現在のブログを先取りしていたかのようなノートを提出していました。
そんなダラズげなノートにも、先生は律儀に返事を認めておられました。
「いつかは彼もマジメに勉強するようになるのでは?」
という淡い期待がおありだったのではないか、と拝察します。
その期待は、ものの見事に裏切られ、最後まで与太話が続いたのでありますが。
(最終盤には、答案ナシで与太話だけを書いて提出しとりました・・・)

さて、今日、先生宅にお邪魔したのは、
英語学習に関するアドバイスを頂戴するためでした。
学校を出て以来、英語とはほぼ無縁の生活を送ってきタマゴ、
なにを今さら・・・という感じなのですが、
ある事情で急に英語を読む必要が生じてしまったのです。
原因は先般郵送した書き物。
やれやれ、とホッとしていたら、奇襲攻撃にあってしまったのです。
タマゴ、ほとんど恐慌を来たしてしまいました。
強行ないし強硬ないし強攻ないし凶行ないし狂行は得意なのですが、
恐慌状態に見舞われ、まるでタマゴはどこかの軍隊のようでした。
(奇襲攻撃は得意だが、受身にまわるとごっつい脆い)

そんな様子を見て、ウズラは「トッパーだな」と冷たいひと言。
「普段は『石橋を叩いても渡らん』ほど慎重だって言っとるくせに、
 なんだいな、そのザマは」とまで。
そこまで言われて、黙っとるわけにはいかん。
「『石橋を叩いても渡らん』だぁない!
 『石橋を叩いて、叩いて、なお渡らず、まずは人を渡らせてみて、
  それでも渡らず、仕舞にゃ石橋を叩き割る』だ!」
「だけ、どこが『石橋・・・」だいな。橋がないのに、とっとと渡っとるがな」
「だけぇ、困っとるだろーが!」
「ま、ワタシは知らんで。自分で刈り取りんさいよ。自分でせっせと種を蒔いただけーな」。
さすがにウズラ、長年にわたるタマゴとの生活のなかで、
「ノーリアクション」(田園医師のキーワード)に徹するのが最上の策であることを熟知しとる。 

これまで
「まぁ、45歳になったら英語をもう一度はじめてみたっても、ええなぁ」
とタカを括っていタマゴ、
昨日、ある英文を試しに読んでみて、
(これはokkoさんに読まれないことを念願しつつ書くのですが)
《at once...and...》という基本的な熟語さえも忘れてしまっている事実に愕然とし、
慌てふためいて、書店に飛び込み、高校時代お世話になった
「原仙作 英文標準問題精講」を今さら買い直す始末だったのです。

先生は、大学受験用の英語熟語問題集を用意して待っておられました。
前夜、電話で面会のお願いをしたとき、
「せんせーっ!
 《at once...and...》も忘れとる低能ぶりですわ!」
というタマゴの悲痛な叫びに、
「ああ?《at once...and...》・・・?フフッ・・・」と失笑されつつも、
タマゴのレベルに合った本を準備しておられたのです。(朝に礼拝、夕べに感謝)

昨晩読んでみた英文を先生にお渡しすると、
先生、しばし沈黙。そして、
「これは・・・せいぜい大学入試レベル・・・いや、センター試験レベルだがな・・・・」。
これでタマゴの英語力がどの程度がおわかりでせう。
ほとんど無能力に等しいのです。
(okkoさん、読むなよー、読むなよー)

慌てふためいたわりには、相談はあっさり終了しました。
「ま、この問題集をあげるから、これで勉強しんさい」。
先生、タマゴの低レベルに呆れておられたのだと思います。
あるいは、「わしが3年間教えて、この程度か・・・」と落胆しておられたか。
または、「わしも教師として力不足だった・・・」と自責の念に駆られておられたのか。
まぁ、先生の心中の通奏低音としては、
「こいつは、やっぱりどーしよーもないな・・・
 わし、あんましこいつと関わり合いにならんようにしよ」
というのが本音だったろうと思います。

相談が終わったのだから、とっとと辞去すればよいものを、
せっかく奥様が出してくださったアイスコーヒーを賞味しないわけには参りませぬ。
というわけで、そこからは世間噺に移行。

もっとも、「本を買い込むばかりでなかなか読まず、配偶者に疎ましがられている」
という共通項をもつ師弟二人、
噺は自然の流れで本のことばかり。
ま、共通項といっても、先生の場合は、
「本を読みたくても、忙しくて読む時間がない」
という物理的理由が主たる要因である一方、
タマゴの場合は、
「時間はふんだんにあるけれども、買うのに読むのが追いつかんだがな」(タマゴ談)
「ちゅうか、ポムポムブリンの靴集めといっしょで、ただ集めとるだけだろーが」(ウズラ談)
という、なんともおバカな理由であるわけですが。

タマゴ、ブログも無意味に長いが、話しだすともっとだらだら長い。
懸念されたタマゴの長っ尻が・・・。お忙しい先生のご迷惑も省みず・・・。
これを防止しようと、携帯でアラームを30分後にセットして、
「あ、時間になりました。では、先生、本日はこれにて失礼いたします」
と、見事な引き際を見せるつもりだったのに、
肝腎の携帯を忘れてきてしまったですがな!(またしても固定電話化・・・)

またタマゴがよせばいいのに、(はい、♪おんなにうまーれて、きったけーれどー♪)
最近買った本や読んで面白かった本を持参していたものだから、
先生の目は爛々と輝き、
「あ、それは知らんかった。なになに、えーっと・・・」とメモを取られる始末。
こんなところを奥様に目撃されたら、えらいことになる。

それなのに、タマゴ、よせばいいのに、(はい、♪おんなのしあわーせ、まっだこーないー♪)
「先生、その本は○×書店の▲■店に1冊、残っております」
「その本は、×÷書店に2冊ありましたが、タマゴが1冊買いましたので、残数1です」
「それは、@*書店の♀♂店にも¥$店にもありませんでした。
 タマゴは●◆書店の△▼店で入手しました。が、1冊だけでしたので、もうありません」
などと申し上げるものだから、先生の目はますます輝く。

先生曰く、
「いやぁ、最近は以前に買った本を忘れて、同じ本を買ってしまうことが多くて・・・」
「あ、そりゃ、一緒ですなー。タマゴもしょっちゅう、やりますわー」
「奥さん(ウズラ)はなにもおっしゃらんか?」
「あー、そら、わからんように隠しとりますけー。
 ちゅうか、もはやどこになにがあるやら、ウズラにはわからんです」
「わしは家内に叱られてばっかりで・・・ツンドクだって言われる・・・」
「そら、先生、本読みの基本はツンドクですけ、仕方ないですわいなー」
まことにおバカな会話であります。(先生までも「おバカ」にしてしまう失礼なヤツ)

実は、タマゴ、先生にこっそりお土産を持参しておりました。
松江の本屋さんで入手した明治末期の豆英和辞典。
「先生、こら、松江の旧家から出たもんですでー」
「あ、それは貴重なものを・・・」
「いやいや、なんの小錦、いつもお世話になっとりますけー」。
実はその豆英和、100円で買ったものであった!(松江の旧家はホント)

ところで、贈与は相手に対して少しでも優位に立とうという心性に基づいて為される、
という説がありますね。(ちょっと古臭い説ですが)
このときのタマゴ、たった100円で先生に対して優位性を得ようとしたわけです。
つまり、今後もムリを聞いていただきますぜ、ダンナ、へっへへ・・・という
ほとんど「オヌシもワルじゃのう、越後屋」になりきっていたのです。

しかし、先生はポトラッチの原則をお忘れではなかった。
贈与には、それを上回る贈与で対抗する。
「キミ、英和辞典は要らんか?これ、あげますわ」
と英和辞典とともに和英辞典まで。
「いや、先生、今日はそういうつもりでお伺いしたわけでは・・・」
100円の贈与効果が無に帰すことを恐れたタマゴが偽りの辞退を申し出ると、
「ま、そう言わずに。どうせ、これは献本ですから」
「は、そうですか。では、ありがたく・・・」
が、先生の攻勢はそれにとどまらなかった。

「そうそう、キミはこれは読んだかいな?」と書棚を指差される先を見れば、
『篠沢のフランス文学講義』Ⅰ~Ⅴ巻がズラリと。
ご存知、篠沢教授に1000点!の講義の語り起こしです。
「あ、それは学生時代にⅠ~Ⅲまで買って読みました」
「おもしろいでしょう?」
「はい。語り起こしですから読みやすいですし、脱線がまた面白いです。
 それでいて、脱線が脱線にとどまらず、必ず元の話に繋がるという妙味が・・・」
「これ、あげます」
「いや、先生、そういうわけには。Ⅰ~Ⅲは持っておりますし・・・。
 近年出版されたⅣ、Ⅴ巻は買っておりませんけれど・・・・。
 なにしろこの本、高いでしょう?」
と値段をみれば、1巻3,000円。(タマゴには充分高い)
「いいですよ、あげますよ。もらってくれると本棚に空きスペースができて助かりますし」
「いや~・・・ええんですか?そんなら、遠慮なく・・・」
もとより、この男に遠慮など無縁なのであった!

先生はご親切にも
「ああ、そうするっちゅうと、持って帰るのに不便ですわな。箱をもってきましょう」
とダンボール箱を用意され、それに本を詰め込んでくださいました。
「あ、ちょっと空きがありますな。ほかにもなにかあげましょう」
「いやいや、先生、じゅーぶんでございます。もう結構ですから、ホントに」
タマゴ、先生の贈与重爆攻撃に完全に圧倒され、もはや焦土と化しておりました。

そこへ奥様が冷たいお茶をもってこられました。
慌てて、タマゴ、
「あ、もう失礼しますから・・・。いつも長居しまして、すみません。ホントにもう失礼を・・・」
「あの・・・なんでしたらお鮨でも取りましょうか?」
贈与の最終兵器です。
「いや、そういうわけには・・・。ホントにもう帰りますので。
 それに、こんなに本を頂戴しましたし・・・」
「あら~、助かります~。本が少しでもなくなってホントに助かります~」
ホッとされている奥様に、タマゴ、よせばいいのに(はい、♪せっかくつかーんだ、あっいなーのにー♪)
「いや、奥様。
 本を1冊処分すると、安心して10冊買い込んでしまうのが本好きの習性であります」!

先生、玄関先までダンボール箱を持って送ってくださいました。
「いいです、いいです、自分で持てますから、いいです、いいです」
というタマゴに説得力がなかったのです。
なぜか?
もともと持参した荷物が多かった、というせいもあります。
しかし、それ以上に深刻な理由があったのです。

タマゴ、その体型ゆえにベルトというものを使用いたしませぬ。(正確には、使用できない)
サスペンダーを愛用して15年にはなる。
ところがこのサスペンダーというやつ、長い間使っていると、
あのパッチンとズボンに留める金具が弛んでくるのですね。
しかも、きまって背中の金具が。
すなはち、これが外れるとズボンがずるずるとズレ落ちて、
パンツ、丸出しになってしまふのですよ!

その忌まわしき現象が辞去する玄関において発生してしまったのです。
パカッ・・・・ずるずる・・・・パチッ・・・パカッ・・・ずるずる・・・パチッ・・・・パカッ・・・・ずるずる・・・・
エンドレスでございました。
その惨めな状況を見かねて、先生は玄関先まで箱を持ってくださったのです。
「あ、先生、ホントにここでもう・・・」
「キミ、車はどこに・・・?」
「あっちの方です」
「だいじょうぶか?」
「だいじょうぶです」
「ホントにだいじょうぶか?」
さすが先生、高校時代以来、タマゴの「だいじょうぶ」が
いかにアテにならないものであるかを熟知していらっしゃる。
しかし、これ以上、重い荷物を先生に持っていただくわけにはいかない。
「ホントにだいじょうぶでございます・・・・・では。
 本日はまことにありがとうございました」。
先生、心配そうにタマゴを見送っておられました。

先生のお姿が見えなくなった頃、タマゴにはまたしても異変が生じておりました。
パカッ・・・ずるずる・・・・。
今度は両手が完全に塞がっているので、「パチッ」ができない。
ただただ、ずるずるずるずる・・・が続くのみ。
早く「パチッ」をしなければいけない。
このままではパン2○出しになってしまふ。
そのためには、両手を荷物から解放しなければならない。

が、荷物はほかならぬ本である。
本好きとしては、道端に本を置くことはできぬ。断じて、できぬ!
タマゴ、意地を張った。
普段は意地と無縁の自堕落な日々を送るタマゴですが、
「わしもやるときゃやるで!」の心意気ですわ。

結果、ずるずる・・・は膝小僧まで続き、
タマゴ、天下の公道を後ろ半分パンツ丸出しで歩くハメに。
おまわりさんに逮捕されても仕方のない状態でした。
先生、教え子から危うく犯罪者を出すところでしたぞ。(罪なお人よの~)

帰宅したタマゴ、「よっこいしょういち」とダンボール箱を廊下に置き、
さて、これをいかにしてウズラの視線から遠ざけるか、を思案しました。
“To be seen or not to be seen. That is a question.”
(こんな英語、あるんか?okkoさん、見るなよ、見るなよ)

英和・和英辞典はなんとかなる。
高校生の甥っ子にやるつもりだ、と嘘八百八町こいたら済む。
ことのほか甥っ子を可愛がっているウズラはさぞ満足するだろう。
タマゴの株も少しは上がるに違いない。(嘘がバレたら株は暴落)

問題は『篠沢フランス文学講義』全5巻。
どうせ隠すならば、同じ篠沢があるところに隠せばよい。
幸いにも、というべきか篠沢のⅠ~Ⅲ巻は、とうの昔に書棚の奥に押し込まれたまま。
その前面にはほかの本が並んでいるので、その姿を見ることはできない。
そこにムリヤリ押し込めば、ウズラの目に触れることはなかろうて、ふっふふ。
またしても「オヌシもワルじゃの~、英語屋」でない「越後屋」になったタマゴ、
ほくそ笑みながら、書棚をごそごそ掻き分けてみると・・・・!

そこには篠沢教授がちゃんと全5巻揃って鎮座しとんさりました・・・・。
(残りの2冊も買い足したのを、すっかり忘れとったわけぇす)

その笑い噺を先生にお聞かせしようと、さきほど電話してみました。今日もお礼がてら。
せっかく頂戴した本なのに、実は全部持っていた、と申し上げると、
先生のご厚意を無にしてしまうような気もしましたが、
まさに「買った本を忘れる」という今日の歓談に即した話題ですので、
お聞かせしないわけにはいかない。ちゅうか、ぜひともお聞かせしたい!

というわけで、
「先生、・・・・ちゅうテイタラクですわ!ハッハッハ!では、失礼いたします」
と電話を切ろうとしましたが、
いやいや先生より先に電話を切るわけにはいかん、
先生が受話器を置かれたのを確認してから電話を切らねば。
それが礼儀といふものだ。
タマゴ、衣食足りずして礼節を知っとる。(おまえが礼節を語るな)

ところが、先生、なかなか電話をお切りにならない。
両者、沈黙のまま、5秒経過・・・10秒経過・・・15秒・・・・20秒・・・1,2,3・・・。
仲人をお願いしたときとは反対に、
今度はタマゴは沈黙に耐え切れませなんだ。(沈黙の耐えられない重さ)
とうとう先に受話器を置いてしまひました。
先生、またしてもご無礼つかまつりましてござりまする!

篠沢フランス文学講義〈4〉伝統からの解放

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  • 作者: 篠沢 秀夫
  • 出版社/メーカー: 大修館書店
  • 発売日: 2000/06
  • メディア: 単行本
篠沢フランス文学講義〈5〉大洪水の時代

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  • 作者: 篠沢 秀夫
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  • 発売日: 2000/06
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horigon

いやいや、今日の文章は少し長かったですねぇ。
最近、歳のせいか、トイレが近くなりまして、読み終えるまで、ほんの
3回ほど往復いたしました。

え~と、何の話だったか・・・そうそう、英語の話だったですね。
英語は、このhorigonも中学時代は神童といわれるほど得意科目で、
(それ以外の科目はまったくダメ)
その道で生活しようと思ったほどなのです。
しかし、高校では、その英語も凡人以下に成り下がり、総合成績でも
2年以降は、クラス40人中40番を最後まで死守する体たらく。
ちゅうことですから、大学の英語の試験は得意のカンニングで何とか
クリアーしましたが、その後、30年余り、英語とは無縁の生活を送っています。
それゆえ、タマゴさんが先生の心温まる師弟愛によって、昔の感を
いち早く取り戻されることを願っています。
by horigon (2007-08-26 23:01) 

侘び助

たまご&ウズラの関係・・・とても素適~
by 侘び助 (2007-08-27 09:44) 

温泉たまご

☆horigonさん。
長かったですねぇ。
タマゴの何の話だったか思い出せず、読み返してみましたが、
長かったですねぇ。
トイレ(大)にほんの3回ばかり行ってしまいました。

英語については、「神童」のhorigonさんにタマゴも負けとりません。
中学1年にして「珍童」と呼ばれ、先生から
「またワークブックしてきとらんだかいや~」
と頭にチョークで×を書かれとりました。
(その後遺症が現在の頭髪状況に如実に現れとります)

昔の勘を取り戻そうと恩師から頂戴した問題集を開いてみると、
「・・・・・」。
わからんとこだらけ、でしたわ!
どうやらタマゴは英熟語や英文法を忘れていたのではなく、
もともと覚えとらんかったようです。
(覚えていないものを覚えていた、と記憶を美化するこの才能!)

問題集の序言には、
「英文解釈はできても英文法となるとまるでダメという人があるが、
 これでは本末転倒と言うものである」とありました。
まさしくタマゴのことだがな!と思いましたが、
よく考えてみると、英文解釈もできないのでした・・・。
もはや事態は切迫、本土決戦しかないようです。
今日は竹槍制作のため、竹林に潜入してきました。

☆侘び助さん。
配偶者の奇矯な振舞については、
「ノーリアクション」であることが夫婦生活の秘訣のようです。
タマゴはこのことを田園医師から教わりました。
今日もウズラ、英語に苦しむタマゴを尻目にTVに興じておりました。
ちなみに、なにかにつけ屁理屈をこねるウルサ型のタマゴに対して、
「トッパーだな!」と明言したのはウズラが初めてであります。
得意の執念深さを発揮して、いつか仕返ししてやろうと思っています。
by 温泉たまご (2007-08-28 01:10) 

バーバリーブルーレーベル

お世話になります。とても良い記事ですね。
by バーバリーブルーレーベル (2013-07-31 20:30) 

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