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抜けてますから [たまごのつれづれ]

歯が痛めば歯医者さんに精勤に通い、痛みが治まると途端に通わなくなる。誰しもそんな経験があるはずですが、たまごもまた同様です。

先日、あまりに歯が痛くて眠れないので久々に歯医者さんへ行きました。あんぐり口を開けたたまごを覗き込んだ歯医者さん、いきなり「あ、これはひどい。抜きますね」。

ぐりぐりぐり。「あ、力を抜いてください」。そんなこと言ったって自然と体に力が入ってしまうのよ。「もっと楽に。力を抜いて」。麻酔が効いてるとはいえ、ぐりぐりされるとどうしても・・・。「楽にして。力を抜いて」。だから、それは無理な注文・・・。「あの、もうとっくに抜けてるんですけどね」。・・・そうだったの。早く言ってよ。

診察室を出て待合室で会計を待つ間、ふと股間に目をやると・・・「社会の窓」全開(!)でした。いくら体に力を入れていても、股間が全開では・・・。たまご、やはり抜けてます。

ちなみに歯医者さんは女の先生でした。
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妻の言い分 [たまごのつれづれ]

毎月、ある本屋さんを介して数冊の小冊子を講読しています。ところが最近、鶉が講読をやめろ、と言い出しました。「どうせ、あんまり読んどらんがー」というのが鶉の言い分。たしかに、あまり読んでない。来たときにせいぜいパラパラと捲る程度で、身を入れて読んだ記憶は少なくともこの1年、ない。それどころか、ここ半年ほどはパラパラ捲ることすらしていない。だから、別にやめてもいい。気になるときは書店で買えば事足りる。

しかし、卵には気になることがひとつだけあって、それは小冊子講読の附録として本屋さんが付けてくれるトーハンの『新刊ニュース』。新聞の書籍広告には眼を光らせているつもりでも、どうしても見落としてしまふことがあります。そんなとき、この「新刊ニュース」は実に重宝する。特に、値段が安い、場所を取らない、携帯に便利、といった理由で卵が偏愛する文庫本の新刊情報が巻末にまとめられているあたり、実に実に重宝する。だから、鶉に反論しました。

「冊子の講読はやめてもええけど、そうなると『新刊ニュース』が手に入らんようになる。あれは、あの本屋さんの店頭には置いてない。『新刊ニュース』は冊子講読のおまけとして付けてくれているわけだから、あれを入手するためにも講読をやめるわけにはいかん」。実に論理的であります。この卓抜した論理にさぞや鶉も納得するであろう、と思いきや・・・。

「あんなもんに眼を通すけ、買う本の量が増えるだが!このままだと家中ゴミだらけになる!」。実に実に論理的な言い分です。しかし、それにしてもゴミはないだろ。そもそも結婚前は、「本を読むのは私も好き」などと言っていたではないか。そう反論すると、鶉曰く「ものには限度っちゅうもんがある!解約の連絡は私がしとくで!」。まことにセチ辛い世の中になったものです。
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七十五にして耳順はず [タマ親行状記]

昨日はタマ母の誕生日でしたので、朝起きると「おたんぜうび、おめでとう」と声をかけてみました。しかし、タマ母は眉間に皺を寄せて、「ああ?」。タマ母は若干耳が遠いのです。そこで、もう一度言ってみました。「おたんぜうび、おめでとう」。が、タマ母は「ああ・・・」と捗々しくない反応。ははぁ、さては前日のことをまだ根にもっているのだな、と思いました。

一昨日、タマ母が赤飯を食べていたので「ごま塩はかけんのか?」と問うたところ、「ああ?」と不機嫌な声。それにもメゲず、再チャレンジ。「ごま塩はかけんのか?」「ああ?」。再々チャレンジ。「だから、ごま塩は・・・」「もっと大きな声で言えーや!もぞもぞもぞもぞ言っとったって聞こえらーせんわ!だいたい、おまえは・・・ぶつぶつぶつ・・・」。この反応にぶち切れた卵、タマ母の耳元で「ごま塩ーッ!」と大音声を発してやりました。すると、タマ母「おまえーッ!大きな声っていっても言い方っちゅうもんがあるがな!なんでそんなにどまかす(怒鳴る)だい!」。一昨日はそのまま、お互い口をきかずに終りました。

そのことをまだ根にもっているとは執念深い。君子危うきに近寄らず。そう思って知らぬ顔をしていると、タマ母がやってきて、「おまえ!今日は何の日だい!?言ってみい!」。どうしてこう命令口調になるのであるか、この人は。「あんたのたんぜうび、だがな」「ほぉ、よぉ当てたな。(クイズか・・・)それで、おまえ、なんか言うことはないんか?」「だけ、さっき言ったがな。『おたんぜうび、おめでとう』って」「いつ言った?」「さっき」「言っとらん」「言った」「聞いとらん」「聞いとけ」・・・・エンドレスでした。孔子さまは「六十にして耳順ふ」とのたまひましたが、どうやら七十五ともなると・・・・。いや、聞こえる聞こえないにかかわらず、タマ母は何事につけ「順はない」人なのです。反論を常とする。
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生き馬の目を抜く [たまごのつれづれ]

今を去ること20年ほど前、進学に際し尊敬する恩師(略して「尊師」)、国語のHG先生のもとを訪れたところ、「東京は生き馬の目を抜くところだから用心するように」との教えを賜りました。戦慄しました。東京はなんちゅう恐ろしいところだ、と。卵、文字通り「馬が生きたまま、目を刳り抜かれる」場面を想像していたのです。我ながら賢明であった、と思うのは、それを口に出して言わなかったところ。そんなことをポロッと喋っていたら、きっと先生に「この愚か者め」と嘲笑されたに違いありませぬ。

しかし、「住めば都」とはよく言ったもので(実際に東京は都なのですが)、知り合いが増えるにつれ、なかなか人情味のあるところであることがわかりました。そんな或る日、卵は迂闊にも京王線の電車のなかに忘れ物をしてしまったのです。忘れ物は鞄。一切合財が入った鞄。それなしでは明日から生活していけない、という鞄。さすがに諦めましたね。「東京は生き馬の目を抜くところ」というHG先生の教えが脳裡を駆け巡りました。

諦めモードで、一応、京王線新宿駅の遺失物係を訪ねてみると。驚いたことにありましたがな!鞄が。ナカミもそっくりそのまま届けられてました。財布のなかの現金やカードもすべて手付かず。「よくも、まぁ・・・」と呆れると同時に、親切に届けてくださった方に感謝しましたが、「東京もなかなか捨てた街ではない」と思うばかりでなく、「卵の悪運もなかなか捨てたものではない」と思ってしまったのは、いつもの身勝手。

HG先生も定年退職されて、およそ10年。今は晴耕雨読の日々だそうです。お会いすることは滅多にありませんが、年賀状のやりとりだけは続いています。今年、「高校時代の不勉強を恥じつつ、昨年来、徒然草を読んでおります」と認めたところ、お返事に先生独特の金釘流の文字で「小松英雄『徒然草抜書』を読むべし」とありました。いつまでも先生の生徒でいられることの喜びを噛み締めつつ、よくよく考えてみたら、先生の教わったのは高校1年の現国だけで、古典を教わったことは一度もありませんでした。(爆)

「始めるに遅すぎるといふことはない」と言います。「古典の味わいは不惑に達して後、はじめてわかる」とも。事実、徒然草はべらぼうに面白いのです。
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古都の美観 [たまごのおでかけ]

昨日、京都タワービル3階のふたば書店で『自虐の詩』を立ち読みしながら、独りでクックックッ・・・と笑っていたのは卵です。

去年、映画化されたのは知っていましたが、原作を読むのは初めてでした。てっきり新しいマンガだと思っていたら、けっこう以前の作なのですね。奥付に「85~90年『週刊宝石』に連載」とありました。あの頃、『宝石』は読んでなかったなぁ。『アサヒ芸能』は毎週読んでたけれど。

卵がしきりに『宝石』を読んだのは92~94年頃のことですが、その頃にはもう連載が終っていたのでせうか?誌面で見かけた記憶がありません。もっとも当時は、『宝石』名物「××当てクイズ」に余念がなく、ほかの頁に気がまわらなかったのかもしれません。

いずれにせよ、四十男が突然プッと噴き出したり(オナラではありません)、断続的にヒィヒィ身を捩じらせていたり(官能に咽いでいるのでもありません)しているのは、かなり気持ち悪い光景であったろうと思います。古都の美観を損ねました。そのせいでせうか、今日は清めの雪が降ったようです。


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犬と呼ばれた男 [たまごの本棚]

今年になって買ったなかで一番面白い本。
山川偉也著『哲学者ディオゲネス』(講談社学術文庫、1,400円)。
今日買ったばかりで、全500頁のうちまだ半分弱しか読んでませんが。

古代ギリシャ・アテナイでボロを纏って、首から頭陀袋を下げ、甕(壷)の中に住み、
ソクラテスやプラトン、それにアテナイ市民から「犬」と蔑まれた哲学者。
犬儒派といえば、「ああ」と頷かれる方も多いでせう。
もっとも、著者はこの訳語は誤りである、と指摘しています。
「犬」はともかく「儒」がイカン、と。
「儒」とは「儒学」のことであり、ディオゲネスの思想はまさしく「儒学」と対極的なものであった、と。

著者は文献学的にディオゲネスに関するこれまでの学説を詳細に検討し、批判を加えています。
テクスト・クリティーク、というのでせうか。
このあたり、あまりに詳しすぎて少々煩わしい感じもしますが、
ところどころに挿入されるディオゲネスの言葉が実に面白い。(真偽はともかくとして)

たった今、読み終えた頁(194~195頁)だけを取り上げてみても。
たとえば、ディオゲネスは海賊に捕まって奴隷の身となった。
ところが彼は海賊の言うことを素直にきかない。
それどころか、自分の買い主まで指定する。「この人にわしを売れ」。
その理由は「この人には主人が必要だ」。
囚われの奴隷の身でありながら、買い主に対して「主人になってやる」というのです。
こうして彼はある高貴な人物に買われていくわけですが、そこで彼が言うには、
「わしがたとえ奴隷だとしても、わしの言うことには従ってもらわねばならぬ」
「(わしに)命じられたことをやるように」。

さらには、これはどうです。
かのアレクサンドロス大王と遭遇した日のこと。
大王曰く「余が、大王であるアレクサンドロスだ」、
ディオ答えて曰く「わしが、犬のディオゲネスだ」。
ええな~、たまりませんな~。
ほかにも可笑しなエピソード満載です。

しかし、これはオオマジメな学術書。
どうやら著者は、哲学史のなかで低く扱われがちなディオゲネスを、
今日的コスモポリタンの先駆けとして称揚したいようなのですが、
いやいやどうして、こうしたエピソードの数々だけでも、哲学史上に燦然と輝く存在と言えませう。
なにしろソクラテスとかプラトンには、諧謔はあっても、ここまでの闊達さがない。
ソクやプラのオモシロさはそのキマジメさにありますが(本人、オオマジメなのが、かえってオカシイ)、
如何せん、どこか気詰まりなところがある。窮屈な感じがする。
その点、ディオゲネスはよいですねー。
なにより笑える。単に可笑しいだけでなく、独特の哲学に裏打ちされた生きザマになっている。
つまり、一種の芸です。戯れているようにみえて、その実オオマジメな、リアルな芸。
だからこそ、余計に可笑しい。

あんまり面白いので傍線を引く暇がなく、間に合わせに付箋を貼っていたら、上掲画像のようなザマに。
どこが大事で、どこに感銘を受けたか、これではサッパリわからん。つまり付箋の意味がない。
ウズラ曰く「ぬり絵の次は、今度は貼り絵か・・・。このヤマシタキヨシ!」。


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便通の条件 [たまごのつれづれ]

みなさんは便通に悩まされることはありませぬか?
タマゴはよく悩まされます。
もっとも、タマゴの場合は便通が良すぎるところに問題があるのですが。

以下、話が相当尾籠にわたりますので、かなり用心して先へお進みください。
できれば、このまま引き返されることをオススメします。

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ややこしい年賀状 [タマ親行状記]

年賀状を眺めていたら、タマ爺宛のものが2通混じっていた。
年賀状を老夫婦宛(すなわちタマ爺&タマ母)、若夫婦宛(すなわちタマゴ&ウズラ)に
仕分けするのはタマ母の役目である。
誰もその役目を押し付けたつもりはないのだが、毎年勝手に仕分けする。
ま、チェックしとるつもりなのでしょうな。
で、毎年のことながらタマ爺宛の年賀状がこっちに混じっている。

今年もタマ母にタマ爺宛の年賀状を差し戻した。
差し戻したついでに
「そっちにこっちの分が混じっとらんだらーな」
と訊いてみた。
「ない!」
きっぱりとタマ母は言った。
しかしね、この人の「きっぱり」ほどアテにならないものはない。

「でもなぁ、こっちに混じっとっただけ、そっちにも混じっとるかもしれんがな」
「混じっとった?そんなはずはないけどな」
「現にこうして混じっとるがな」
「それはだな。わしは年賀状の裏を見て仕分けしとるだ。
 裏に差出人が書いてあらーが。
 で、見覚えのない名前のはおまえらぁの分だと思ったわけだがな」
「・・・・なんで、宛名をみて仕分けせんだい?」
「だって、裏をみたら分かるがな」
「裏みて、間違っとるがな」
「だって、裏みたらわかるだもん」
「だけ、違っとった、って言っとろーが」
「だって、裏みただけ。で、知らん名前の分を廻しただけ」
「だけ、裏だぁなしに宛名をみて判断せー、って言っとるだがな」
「だって、裏みたらわかるだもん」
ラチがあかん、とはこのことですわ。永劫回帰か!

ところで、タマ爺は○○△という名前なんですけどね、
写真の関係では「林」という姓を使うのです。
もう何十年もそれで通しているので、今さら変更できん。
うっかり本名を使おうもんなら、写真仲間に「あんた、誰だ?」と言われかねん。

そのせいで、電話帳の名前も「林」に改めたくらいです。
なんでも写真仲間に
「おまえげ、電話がないだかいや!電話帳みても載っとらんがな!」
と言われたのだとか。
今どき、電話帳で番号を調べるというのも稀有な行動だと思いますが。
ま、タマゴの電話は別回線なので特に問題はないし、そのまま好きにさせてます。

そういえば、タマゴもタマ爺同様、堂々と電話帳に番号を掲載しとりますけどな、
なんら支障はないですぜ。
セールスの電話がかかってくることもあるけど、そもそも電話に出ることが少ないですけーな。
別に番号ディスプレイになっとるわけだぁないです。
ただのフツーの留守番電話です。(タマ爺のは黒電話)
電話は向こうが用事があって掛けてくるもので、こっちにはその時点で用があるわけだぁないので、
別に電話をとらんでも、なんたぁないです。
向こうが本当に用事があるなら何度でも掛けてくるでせう。
そんなもんです。

で、そのタマ爺のフォトネームが「林」というのですが、
何年か前の年賀状にタマ爺、本名のみならずこの「林」も一緒に印刷した。
年賀状においても、本名だけでは理解してもらえんかったらしい。
しかし、出来上がった年賀状をみて魂消たね。

「鳥取市×××× ○○△(林)」
なんてことになっていた。
(林)が(株)に見えたな。(ウズラにもそう見えたらしい)
わりゃ、いつの間に株式会社になっただい!
まぁ、あれだけ好き放題な人生を送れば、それはそれで一個の事業とも言えんことはないが。


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忘却の淵より [たまごのつれづれ]

新年、おめでとうございます。
めでたく厄年を迎えたタマゴです。
しばらくご無沙汰しまして、すみませんでした。

突然更新が途絶え、タマゴ家になにか異変があったのではないか?
とご心配いただいたりしましたが、(それに気づいたのは今日・・・)
実際のところはなんの異変もなく、
というか相変わらず異変だらけ、といった暮らしぶりです。

あまりに連続する異変に(主たる要因はもちろんタマ爺)
ブログ作成が追いつかず、つい諦めの境地になってました。
一度諦めてしまふと恐ろしいもので、ブログの存在自体を失念しておりました。

今年は忘却の淵に沈まないよう、気をつけます。


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民よ、魂の叫びに導かれよ。 [八頭の旅]

 (レストラン四季のカツランチ 税込740円)

あなたは魂の叫びをお聞きになったことがありますか?
タマゴは今日、聞きました。
タマゴの魂はこう叫んでおりました。
「ミックスフライ定食が食べたい!」。

タマゴは思案いたしました。
どこにミックスフライを求めるか?
つまり、どの店でミックスフライ定食を食べるか?

ミックスフライ定食を出す店は、そこら中にあるはず。
しかし、今日のタマゴの気分と体調(コンディションといふやつです)にマッチする
ミックスフライの食感・味、店の雰囲気・寛ぎやすさ等々を考慮すると、なかなか判断が難しい。

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