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三十九じゃもの花じゃもの。 [言葉のおもちゃ箱]

先日、100円ショップCAN★DOで「ことわざ辞典」を買いました。なにも「全身ことわざ辞典」のようになって現代のサンチョ・パンサたるべし!と志したわけではありません。単なる気まぐれです。

しかし、買ってパラパラと読んでみると、なかなか面白かったですね。無論、「ローマは1日にしてならず」とか、そういう道学的なものは敬遠。こういうのは、どーも煙たくて仕方ないですね。だいたいローマがホイホイできるわけがないがな。墨俣城だぁあるまいし。突貫工事でムチャすると高炉が華麗なる爆発を起こしたりすっだで。(六平直政贔屓のタマゴは、覚えず涙してしまった)

それよりも、例えばこういうのに心惹かれるものがありました。

「頭禿げても浮気は止まぬ」。

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赤ちゃんは「号泣」するか? [言葉のおもちゃ箱]


欲しいですねぇ、ニンテンドーDS。
なにしろ最近、脳の著しい老化を感じるもので。
これは11日付の旭日新聞に出ていた広告ですが、
クイズ!日本語王」というソフトがあるらしい。北原保雄氏監修。(えらい先生なのでせう)
いいですねぇ。日本語に自信のないままブログを書いている身としては実に欲しい。
この写真子供もDSが欲しい、とねだって泣き叫んでいるのであるか?
いや、どうもこれは赤子らしいから、まだDSをねだることもないのか。

と思って、よくよく見れば、これはクイズでした。
「どっちが正しいかな?」
「a.号泣 b.轟泣」ですと。
そりゃ、「号泣」ですがな~。と答をみれば、
「大声を上げて泣くのは“号泣”が正解です。この子の泣き声は轟いていますが。」とあった。
そーだろ、そーだろ。

と思ったところで、ふと、あれ?
赤ちゃんって「号泣」するんだっけ?
なんとなく、ですけど、タマゴ的ニュアンスでは、
「号泣」というのは、
「人前で大声を上げて泣くことを恥ずかしいことだと認識している大人が、
 にもかかわらず、感情の迸るままに人目を憚らずそうしてしまうこと」みたいな気が・・・。
つまり、物心つかない赤子や子供が「号泣」することなどないのでないか、と。

たとえば、江國香織さんに『号泣する準備はできていた』という小説がありますが、
このタイトルのオモシロさは、
号泣という発作的行為(無意識的行為)の到来を「意識」している、
というところにあるのでないでせうか。
少なくともタマゴは、このタイトルを見たときそう思って、
「やるな~江國香織。さすが江國滋の娘!」と唸ったものです。

ま、しかし、それはタマゴが勝手に思うことなので、
とりあえず、手近な字引で調べてみることにしました。(←自分で調べるとは、実に珍しい)
ちょっと古めの辞書ばっかしですけど。

広辞苑(岩波)第2版および第5版、岩波国語辞典第2版および第3版
 「大声をあげて泣くこと」・・・・・ま、こんなもんですな。DSの解説と同じです。
言泉(小学館)
 「大声をあげて泣くこと」・・・・これも同じく。
広辞林(三省堂)第6版
 「大声をたてて泣くこと。泣き叫ぶこと」・・・ほぼ同様ですな。
大辞林(三省堂)第2版
 「大声をあげて泣き叫ぶこと」・・・タマゴが最も愛用しとる辞書ですが、「広辞林」と変わらんな。
                    出たばかりの第3版を買うのを躊躇ってしまふ・・・。

面白かったのはやはり、オモロイことで定評のある新明解国語辞典(三省堂)でした。
(タマゴはこれまでイロモノ扱いしとったのですが、すっかり見直してしまった)
第5版では、
 「(ふだんは泣かない大の男が)天にも届けとばかりに悲しみ泣くこと」
第6版になると、
 「(涙を見せたことのないような一人前の男性が)感きわまって大声をあげて泣くこと」
いいですねぇ。特に第5版がいい。
「天にも届け」!ですよ。たまりませんなー。
号泣するときは、天を仰がなければなりません。
♪上を向ぅいて、あーるこぉぉぉ♪
あの歌は号泣ソングだったのであろーか。
そういえば、この歌詞はA6透け氏が中村メイコさんにフラれときに書いたのだそうです。
フッたメイコさんが「A君!上を向いて歩きなよ!」と言ったのがキッカケだとか。(メイコさん談)

そして「新明解」第5版がふれているポイントがもうひとつ。「悲しみ」です。
タマゴは全然気づいてませんでしたが、「号泣」の要諦は「悲しみ」なのれす。
ただ単に「泣き叫ぶ」わけではない。「悲しみ」のあまり「号泣」してしまふ、のですね。
で、「悲しみ」というのは、先年亡くなったF・サガン女史を持ち出すまでもなく、
極めて自我意識と関係が深いわけです。自我なきところに「悲しみ」はない、と言ってもええです。
ということは、赤子や物心つかぬ子供に「号泣」はない。
だから高校生は「号泣」することはあっても、赤子が「号泣」することはない。
おませな幼稚園児や小学生や中学生なら「号泣」することはあるかもしらんけど。

新明解で気になるのは「号泣」を男性限定と捉えているところ、ですね。
女性は「号泣」せんのでせうか?
タマゴは、女性も号泣する、と思ふ。
江國女史の小説の主人公も若い女性のようですし。(アマゾン紹介文による)

ともかく、「号泣」についてそのように結論づけたタマゴ、
たまたま街角で遭遇した知人女性を
「ちょっと聞け、ちょっと聞け!ええから、とにかくオレの話を聞け!」
と喫茶店に拉致し(かなり嫌がっとりました)、得々と以上のような持論をまくし立てたわけぇす。

想像してみてください。
得意満面、身振り手振り、唾と珈琲の飛沫を飛ばしながら、大仰に持論を展開するタマゴを。
(たぶん、かなり滑稽、かつ相手にとって極めて迷惑な光景です)

俯いて珈琲をチビチビ飲みながら、タマゴの長広舌を辛抱強く聞いていた彼女、
(「またはじまった。このアホが」と、すっかり諦めの境地だったのでせう)
タマゴが話し終わると、ぽつりとひと言。
「でもねぇ・・・・子供って、やっぱり号泣するのよ」。
彼女、何人目かのお子さんを出産してまだ一年にもならない。
だから実感がこもってましたねぇ。
タマゴ、一瞬呆気にとられ、その後恥ずかしさのあまり、ぽっと頬染め(これは「女性限定」か?)、
妙に伏目がちになって、しみじみコーヒーを啜りながら(ずるずるずる)、
このひと言に深く納得してしまいました。
赤ちゃんも号泣する!・・・らしい。(彼女は「轟泣」のつもりでそう言ったのかもしらんが)
やはり他人の意見は聞いてみるもんですね。
ひさびさに言葉のオモシロさを感じました。

と拘ってみせるわりに、誤字脱字&変な言い回しの多いブログです。(自分に甘いのよ)

*ちなみに「号泣」の語義はネットでも少し調べてみましたが、ほぼ上記と同様のようです。
 タマゴパソコンのMicrosoft Bookshelfは「新明解第5版」でした。
 gooの辞書検索は大辞林第2版。
 ウィクショナリーには該当項目がありませんでしたわい。
 用例の出ている辞書は「悲報にふれて号泣する」が多かったです。
 あ、ちゃんと用例で「悲しみ」に言及してあったのね・・・・。今、気づいた。
 今度から新しい辞書を購入する際は、「号泣」項目に注目しようと思っとります。

*大槻文彦の「言海」(ちくま学芸文庫版)には、「号泣」項目がありませんでした。
 タマゴの引き方が悪かったのかもしれません。
 
*日本版OED?ともいえる「日本国語大辞典」は高くてよぉ買わんもんで、、
 いつぞや新聞に「ネット版」リリース!という記事が出ていた、という記憶を頼りに、
 ネット検索してみましたが、サービス開始は2007年夏、でした・・・・。(沈没)
 

号泣する準備はできていた

号泣する準備はできていた

  • 作者: 江國 香織
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 2006/06
  • メディア: 文庫


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せめてなりたや殿様に。 [言葉のおもちゃ箱]

「本間様には及びもないが、せめてなりたや殿様に」。

「及びもないが」を「及びはせぬが」とか「及びもせぬが」とする向きもあるようですが、語感的にはやはり「及びもないが」がよいですねぇ。「及び」というのは「お呼び」とかけてあるのでせうか?「なりたや」は「成田屋」と関係あるのでせうか?調べてないので、よくわからんですが、ご存知の方は教えたってかーさい。(自分で調べろ、自分で)

政府税調の本間様もついに、と言うべきか、いよいよ、と言うべきか、とうとう、と言うべきか、ようやく、と言うべきか、辞任しんさりましたなぁ。(事実上の解任、とはっきり言いなさい)

ま、そもそも。時事問題というのは、茶碗片手に新聞を読みながら「ちゃっ!」と毒づいてみたり、汁碗片手にテレビを見ながら「な~んだいや、なんだいや」と慨嘆してみたり、蜜柑をむきむきしつつ週刊誌の記事に「そげか~」と感心してみたりするのが面白いのであって、知人友人とコーヒーカップ片手に、あるいはジョッキ片手に、または一升瓶片手に、口角泡を飛ばしてギロンしてみても、ひとーっつも面白いことあらせんですな。(泡を飛ばすのであれば、やはり「ジョッキ片手」が相応しいな)よってに、ブログに書いても面白いこたぁあらせんです。(なら、書くないや)

ま、しかし。ひと言だけ言いたい。

「あの程度では本間の名が廃るがな!」

良質廉価官舎に愛人を囲う、ねぇ・・・。たいへんに羨ましいけども、本間様にしてはあまりにスケール感に乏しい。甲斐性があるのなら、「良質廉価」などと「質流れ大バーゲン」の枕言葉のようなところでなくて、せめて六本木オカズに一室構えてもらいたかった。欲を言えば、妾宅の一軒や二軒、自前で用意してもらいたかったですなぁ。

ま、ない物ねだりをしても仕方ないですな。持って生まれた器量というものがあるようですから。もちろん、そんな現代の本間様でも羨ましいと思ってしまうタマゴは、はるかに器量が小さく姑息であること、言うまでもなし!だで。(わざわざ言わんでも、わかっとんさるか・・・)


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あさしお [言葉のおもちゃ箱]

「イーヨー、パパは帰ってきたよ、相撲はどうだった?朝汐は押したか?」
                (大江健三郎「無垢の歌、経験の歌」、『新しい人よ眼ざめよ』所収)

「ウズラ、帰ったよ。え?朝汐がタンカーに接触?いくら朝汐でもそれは無茶だらぁ?」
                (TVニュースを聞き齧った粗忽なタマゴ氏の発言)

一歩間違えば大惨事、という危険な事故があったようですね。
何年か前には、ハワイで米軍の潜水艦の浮上に伴う悲惨な事故もありました。
それなのに、こんな聞き間違えをしてしまったタマゴ。反省しとります。

ちなみに、相撲の朝汐(朝潮とも)は現在の高砂親方ですね。
横綱・朝青龍の師匠。

高砂親方は現役時代、綱とりのかかった場所で
「どうも今場所は燃えるものがない」と発言して、
「綱がかかっているというのに醒めている!」「この現代っ子め!」
「甘えだ、甘え!」「シコ踏まにゃ、シコ!」(かなり脚色あり)
とベテラン相撲記者を嘆かせたものですが、
弟子の横綱は淡白だった親方に似ず、憎たらしいくらい勝負に徹底して拘りをみせますね。
今場所も早や独走態勢。(さすがに一昨日の蹴たぐりには参ったけど)

しかし、高砂親方も親方としてはなかなかのものだと思います。
あのヤンチャな横綱を見事に飼い馴らしとる。(横綱に失礼か)
将来は理事長の器、とタマゴは睨んどります。


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不規則動詞。 [言葉のおもちゃ箱]

「不規則動詞は文法学者の嗜虐趣味の所産ではなく、むしろ被征服民たちの母国語を守ろうとする不屈の精神から生れたもの」(アーサー・ウェイリー)

アーサー・ウェイリー、ご存知のとおり『源氏物語』の英訳者として誉れ高いですね。たいへんな語学の天才であったらしい。

とかく日本語は特殊な言語と言われ、その難しさが云々されますが、ウェイリーに言わせれば、モ本の古語(古文)は語彙的にも文法的にも易しいのだそうです。もっとも、のちの英人日本語学者に言わせれば、「それが妥当するのはウェイリーの天才に限られる」のだそうですけど。そら、そーだろー。タマゴなんかいまだにロクに読めんぞ。(勉強もしとらんけど)

冒頭の言葉は、ウェイリーが弟に対して発したものだそうです。弟は兄と違って語学が得意でなかったらしい。フランス語にずいぶん苦しめられたのだそうな。(ごっつい親近感を覚えるわいな)きっとフランス語を呪詛していたことでしょうなぁ。(わかる、わかる)

たしかに、ウェイリーの考え方は面白いですね。タマゴも学校でフランス語を学び始めた頃、不規則動詞の活用には魂消た。「こんなもん、覚えられるか!」と憤った。(これくらいで憤るモンはそもそも語学に向いとらんですね)動詞活用テストの前日、ヤマを張って丸暗記して、なんとか乗り切った。(このゴマカシのおかげで、いまだに動詞活用は得意でない←地道な努力が大切なのだよ、タマゴ君!)

しかし、不規則動詞が「被征服民たちの母国語を守ろうとする不屈の精神」の証左、とは畏れ入りますなぁ。事実がどうあれ、こういうフィクションは好きだ。こういう言葉に接すると、どうしても田中克彦さんを思い出してしまいますなぁ。

克彦さんの名著『ことばと国家』(岩波新書)はお読みになられた方も多いでせう。その論旨に同意するにしても反発するにしても、なにかを考えさせてくれる本であることはたしかですね。タマゴも若かりし日(いまも若いぞ)、上京する新幹線のなかで読んで、「そうだ、ワタクシは大学で言語論をベンキョーするのである!」とコーフン気味に思ったものです。(思っただけで終わったで)

ただ、克彦さんなら、「母国語」でなくて「母語」と言うでしょうね。「母国語」もまた「母語」を圧迫したりする。(圧迫、というのはあまり適当な表現でないですが)

ちなみに冒頭の言葉は、宮本昭三郎『源氏物語に魅せられた男 アーサー・ウェイリー伝』(新潮選書)に出てきます。この本はすでに絶版らしく、タマゴも古書ネットで入手しました。ウェイリーの時代の雰囲気を克明に描写してありますが、やや煩雑なので、タマゴは斜め読みしてしまったです。


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共有するといふこと。 [言葉のおもちゃ箱]

「場所を共にし、時間を共にすることによってしか得られないものが人間にはある。」
                                      香山壽夫(建築家)

これは香山先生の都市計画論に出てくる言葉です。
            (家を建てる甲斐性がないもんだけ、代償行為で都市計画なんか読んどる)
その前段には、
「情報化が人々の心を瞬時に結びつけ、場所や空間の距離を消去してしまうという虚言」、
ともあります。
情報化がこれまでとは違った仕方で人々を結びつつあるのは具体的な事実、ですが、
(ブログ、もそうですね)
それによって場所や空間の距離がなくなる、とまで言ってしまうと、
いささか大言壮語のキライがないでもないですね。まぁ虚言ということになりましょうか。
                             (妄言、という人もいるかもしれない)

香山先生は、都市計画における具体的な場所や時間という制約をむしろ大切にしたい、
とおっしゃっているようですが、タマゴ、そういうことと無関係に、
場所や時間を共にすることによって得られる別のことを連想してしまいました。

それは、ジャジャーン!友情、です。(あー、なんちゅう品がわりぃ言葉だいや!)
学生時分の秘密結社の例を挙げてもよいですが、
ここではお馴染のSB君にご登場願いませう。

SB君とタマゴは高校の同級生。一年生のときは同じクラスで、休憩時間には相撲をとって遊んだ。
高校時代は、秋になるとSB君の自宅へ赴いてビデオ鑑賞会なるものを開催するのが習いだった。
そのほかにもSB君との縁は様々にあるわけですが、
それくらいならば、ほかの同級生との付き合いとそう質的に異なるところがない。
なのに、どうして「甲子園で待ち合わせ」をするほどの仲になってしまったのか。
                               
決定的だったのは、やはり桂荘4畳半でひと月ばかり共同生活を送ったことでせう。
ま、簡単にいえばSB君がタマゴの部屋に居候しとったわけです。
とはいえ、一緒に暮らしとるといろいろ軋轢もある。なにしろ生活習慣が違う他人同士ですけ、な。
そこで、2週間ほど経ったある日、互いのモヤモヤ気分を解消すべく、
SB君はかねての予定どおり別の友達のところへ引越していったのですが、
やれやれ、と思う間もなく、その日のうちに舞い戻ってきた。
で、そのままズルズルと・・・・。
挙句の果てには、桂荘に部屋を借りたい、とまで言い出した。
さすがにこれは、SB君の通学の便を考えて、もっと学校に近いところを選ぶよう進言しましたが。

結局、あのときの「場所と時間の共有」が大きかったのだと思ふ。
あれこれと諍いがないわけではないけれど、
なんだかんだと言って、その後付き合いが続いているのは、
これはやはり「腐れ縁」というほかはないでせう。(腐れ縁と友情は違うような気もするが)
                         
ところで、ブログも、仮想空間ではあるにせよ、ある種「共有する」場であるといえますね。
それを現実の空間と過度に錯視しない分には。(と断るあたりが、ややヌルいが・・・)
とはいえ、仮想空間でない「現実」というのもありはしないのでありますけども。
あらゆる「共同体」は「想像の共同体」でありますし、ね。(必ずしもアンダーソン的意味でないよ)
古い人なら「共同幻想」とか言うかもしれないなぁ。(年がバレるぞ、おい)


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最近の言葉から2 [言葉のおもちゃ箱]

前回、なんだぁ、もうひとつあったやぁな気がするけど、なんだったかいな?・・・と
すっかり忘れとったですが、
突然思い出したので、忘れんうちに書いとくですで。

それは、
「変態の絆は強い!」 室井佑月
というものでした。

こら、タマゴが直接テレビを見とったわけでなぁて、ウズラから聞いた話ですけど。
「なぁなぁなぁ、『変態の絆は強い』だってぇな」と言ってきたです。
ときどき、ウズラ、「ウチらぁ(=私たち)、変態だなぁ」と言うことがあっですが、
どんな変態かは言えんな。ただ、ちょっと変わっとるかもしらん。(どんなんだい)

昨夜、ウズラに「ブログにどんなこと、書いとるだ?」と尋問されたですが、
「忘れたな」のひと言で済ませたです。ちゅうか、ホントに思い出せんかったですけど。
書いたことはすぐ忘れる。言ったこともすぐ忘れる。
これを称して、タマゴ、「言論の無責任の自由」ちゃなんでホザいとるです。
単に早発性認知症かもしらん・・・・。
だいたい、こげなこと書いとるっちゃなん、どがして言えましょーかいな!
というわけでウズラさん、今回はタマゴ&ウズラ変態説が公表されましたで。(とソッと囁いてみる)


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最近の言葉から [言葉のおもちゃ箱]

①「痛みはとれても、相撲はとれん」 北の富士勝昭さん。
    先場所、怪我した魁皇関が「痛みはない」となかなか休場しなかった際、解説席で。

②「自民党には不満があるが、民主党には不安がある」 公明党代表・神崎さん。
    総選挙前、冬柴幹事長が「最悪の場合、民主党との連立もあり得る」と発言した後。

③「基礎・練習・稽古はウソをつかない」 オール巨人さん。
    バラエティ番組でゲストのささきいさおさん(「ヤマト」歌唱)が若い頃、ヴォイトレに通って、
    一年間ひたすら発声練習を続けた、という話に即座に反応して。

好きな言葉ないし気になる言葉を選んで、自由にコメントしたってかーさい。


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「寛容と不寛容」 [言葉のおもちゃ箱]

「寛容(トレランス)は自らを守るために
 不寛容(アントレランス)に対して不寛容(アントレランス)になるべきか?」・・・・渡辺一夫

なんだぁ、ややこしい言い回しですなぁ。頭がこんがらがってくるがな。
まぁ、これが戦中の検閲で鍛えられた、渡辺一夫さん特有の修辞法だそうですで。
そう思って読めば、なかなか味があるような・・・。(でも、こんがらがることに変わりなし)

渡辺一夫さん、エラーイ仏文学者ですってぇな。大江健三郎さんなんかのお師匠さんだそうな。
ラブレーの「ガルガンチュワとパンタグリュエル」、翻訳しんさったですで。(また、どエライことを)

中世・ルネサンスの頃の西欧ユマニスムの伝統を自ら体現しようとして、
それを日本のシソーフードに(シーフードじゃないですで)移植できんだらぁか、と
本気で思っとったけど、ちょっと諦めもあった人ちゃなとこですか。
(どエライこと、考えんさったな

この問いに対する渡辺さんご自身のご回答は「寛容であるべき」というものだったでないか。
                       読み直したりしとらんけ、不確かですで、例によって。
そうですなぁ、お互いがそういう心がけだったなら、世の中は実に平和なもんですがなー。
まぁ、しかし、そうはなかなかいかないのが世の中っちゅうもんなのかもしれませんけどなぁ。
頬を張られて、暢気に別の頬を差し出したりしとったら、朝青龍に前ミツ取られて負ける
がな。
渡辺さんはそのあたりを充分踏まえた上で、敢えてこんなことをおっしゃったんでしょうけど。
執筆当時、それほど不寛容の精神が横行しとったということなのかもしらんですなぁ。
まぁその点は今も変わりないみたいですで。やっぱり人の世の常、ちゅうことになっですか。
それを言っちゃあオシマイよ、ちゃなことですけど。

しかし、頭のなかで「寛容、不寛容、寛容・・・・」と考えとってもラチがあかんです。
実地に即して考えてみるとですなぁ、
たとえばタマゴが寛容でありたい、と思う。(ホントに思うわけじゃないですで。仮の話ですで)
しかし、タマ父&タマ母の連合軍はそれを許さん。不寛容攻撃を仕掛けてきますな、きっと。
それを耐え忍んで、果たしてタマゴは寛容であり続けることができるか・・・・。
できんな。はっきし言って、できん。できん自信がある。(どんな自信だい・・・)
そんなことをしとったら、この家で生きていけんがな。日々サバイバルですけぇな、なにしろ。

とはいえ、これは性格にもよるかもしれんですで。
タマ親の血を濃厚に受け継いだせいか、それぞれの単体(タマ父、タマ母)に比べて、
複合体のタマゴの場合は、どうも不寛容度がかなり高い、と言えるようですで。
はっきし言って、心が狭い。狭いっちゃなものでないですで。(「心がない」ちゃなんで言われるで)

短気で相当怒りっぽい。激情に駆られると相手の立場を一顧だにしない。(そりゃ、誰でもそうか)
「目には目を、歯には歯を」と本気で思っとるフシがある。(ケンタッキー食って歯が欠けたがな)
そのほかにも「先手必勝後手完敗」とか「坊主憎けりゃ袈裟まで」とか「毒食わば皿まで」とか・・。
ちょっと違うな・・・。
なんだぁ諺?だらけで、サンチョ・パンサみたいだがな、こりゃ。

しかし。と、ふと考えてみるですで。(しつこいようですけど、考えてみるだけですで)
もし、ホントにタマゴが寛容の精神を発揮したら・・・・。
ひょっとするとタマ親たちも寛容の精神で応じるんでないか。
不寛容の連鎖を断ち切るには、どっちかが寛容になったらええんでないか。
でも・・・・・・こういうのを希望的観測っちゅうだで、たぶん。
ま、それでも試してみる価値はありそうな気もしますで。
でも、逆に嵩にかかって攻めてこられる、という危険性も高いでないか。(と相当な迷いが・・・)
なんとなく、ですが、タマ親の性格を勘案するに、どうも後者のような気がすっです・・・・。
やはり羊は狼と共存できんのではないか。(タマゴは未年生まれですで)
ま、タマゴもよく「羊の顔をしたオオカミ」と言われますが。(いつ言われるだい、そんなこと・・・)

それでも気長に寛容の精神を発揮しとれば、次第に相手も心を入れかえて寛容で応じてくる、
なんちゅうことも考えられんことはないですで。(まだ迷っとるのー)
しかし、それまでタマゴが持つかどうか。ストレスがたまって、包丁でブサッとやるかもしらん。
寛容ストレスの蓄積による不寛容パワーの暴発ですがな。
それを思やぁ、小ぶりな不寛容を投げつけあっている方がまだしもお互い身のためかもしらん。

これだぁ、どーも身も蓋もないですけど、とりあえず、武闘派家族は今日も行く、ですで。


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「人を疑う前にまず自分を疑え!」 [言葉のおもちゃ箱]

「人を疑う前にまず自分を疑え!」・・・・FZ専務(ご自宅・千葉

もう何年も前のこと。
ある日、FZ専務に呼び止められました。
「あのさー、オレ、パソコン始めたんだけどさー、メールっての、やってみたいんだわー。
 おまえ、練習相手になれよー。アドレス、教えるから」。
というわけで、タマゴ、専務に言われるままアドレスをメモしました。

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